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神戸地方裁判所姫路支部 昭和51年(わ)472号 決定 1977年10月24日

主文

検察官は、弁護人に対し、証人岸本進の司法警察職員に対する昭和五〇年一二月九日付、昭和五一年一月一九日付及び同年六月一日付各供述調書を、第四回公判期日(昭和五二年一一月一一日。右証人に対する反対尋問期日)の七日前までに、閲覧させなければならない。

理由

一裁判所は、その固有の訴訟指揮権に基づき、法規の明文ないし訴訟の基本構造に反しないかぎり、証拠調の段階に入つた後、弁護人から一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類など諸般の事情を考慮し、弁護人がその証拠を閲覧することが被告人の防禦のために特に必要であり、かつ罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれのない場合に、検察官に対し、その手持の特定の証拠を弁護人に開示するよう命ずることができるものと解する。

二本件公訴事実の要旨は、被告人が、製鉄所の高炉建設に関する議案を審査中の加古川市議会公害交通特別委員会を傍聴している際、同市議員岸本進に対し暴行を加え、その職務の執行を妨害し、傷害を負わせたというものであつて、第二回公判期日に証拠調手続に入り、右岸本進を最初の証人として調べる決定をなし、第三回公判期日に、右証人に対する検察官の主尋問を終了した段階で、弁護人から反対尋問のために必要であるとの理由で、右証人の捜査官に対する供述調書の全部の開示を求める申出がなされ、検察官はこれに対し、すでに同人の検察官に対する供述調書(以下検面調書と略称する。検面調書は一通のみ存在する。)、及び司法警察職員に対する供述調書(以下警面調書と略称する)四通のうちの一通を弁護人に閲覧させているので、反対尋問は十分可能であるから、残余の警面調書を閲覧させる必要はないとして開示を拒否し、その後に開かれた準備手続においても、検察官及び弁護人双方とも、従前の主張を固持した。

三(証拠開示の必要性について)

証人岸本進は、起訴状において、公務執行妨害及び傷害の各罪の直接の客体ないしは被害者とされており、その証言は、本件証拠中、特に必要なものと考えられる。

そして、同証人は、検察官の主尋問において、事件発生の経緯及び被害状況に関する多岐の項目にわたつて、冷静かつ的確に証言しており、検察官もとくに弾劾的な尋問や記憶喚起のための尋問ないし誘導をしていないところから、その証言内容は、ほぼ検面調書の内容と一致するものと推認される。

ところで、証人尋問においては、反対尋問が憲法上保障された被告人の最も重要な防禦方法であるところから、重要証人につき、主尋問終了後、反対尋問のために、当該証人の従前の供述(ことに検面調書の内容)を知る必要性があることは、一般に肯定されている。その趣旨をさらに具体的に考察するのに、主尋問における証言を弾劾するには、当該証人の従前の供述との矛盾をつくのが有効な方法であり、また、明瞭な矛盾点のほか、証言した事柄のうち従前の供述に欠けているものがあるとか、強調の度合が違うとか、順序が異つているとかの点に関する弾劾も有効と認められる場合がありうるわけである。そこで反対尋問が有効適切に行なわれるために、反対尋問者に対して、法廷での証言に至るまでの供述内容の推移、変遷の有無、程度及びその原因などについて検討を加える機会が与えられなくてはならないとされ、そのために、弁護人に証人の従前の供述記録を直接閲覧させることが必要とされるのである。そのような検討に基づく反駁に耐えることによつて、主尋問における証言の真実性が担保されるといつてよい。

(一)  そのような検討のために検面調書の閲覧だけでこと足りる場合も少くないが、検面調書の内容が警面調書中の供述の変遷や矛盾を整理したうえ、公訴事実の立証に直接役立つ部分を取り上げて要領よくまとめてあると認められることは、実務上しばしば経験するところで、その場合に、証人の主尋問における証言が検面調書の内容と一応一致するときには、検面調書のみが開示されたとしても、前記のような検討を適切に行うことは難しく、有効な反対尋問をなすことが事実上困難となる。したがつて、このような場合には、警面調書が存在するのであれば、特段の不都合のない限り、検面調書のみに止まらず、警面調書をも開示すべき具体的な必要性が認められるのであつて、本件においては、前記のとおり、証人岸本進の主尋問での証言は検面調書の内容とほぼ一致するものと推認されるので、右必要性を認めるべきである。

(二)  これに加えて、本件では、開示ずみの検面調書が、事件発生の昭和五〇年一二月三日から八か月余りも経過した昭和五一年八月一四日に作成されたのに対し、未開示の警面調書三通のうち二通は、事件に近接した昭和五〇年一二月九日及び昭和五一年一月一九日に作成されているのであつて、、右二通の警面調書は事件直後の新鮮な記憶を伝えるものとして、右検面調書に比肩すべき重要性を有し、その内容を弁護人が知ることは、反対尋問のために有益であるし、さらに、右二通の警面調書、それ以外の各警面調書(昭和五一年五月一三日付―開示ずみのもの、同年六月一日付―未開示のもの)及び右検面調書の各調書間に、供述の推移や食い違い、強調の度合の差異などが存在する可能性を否定できず、反対尋問に際し、事前に、その有無、程度、原因などを検討しておく必要が認められる。

結局、本件においては、反対尋問を有効適切に行うために、弁護人が前記三通の未開示の警面調書を予め閲覧する必要があると認められる。

四(証拠開示による弊害について)

すでに証人岸本進に対する主尋問は終了しており、同人の社会的地位、政治的立場及び法廷における供述態度などに照らせば、同人の供述調書の開示による罪証隠滅や証人威迫のおそれはほとんど認められない。また、警面調書は検面調書に比べていわば生の証拠であり、一般には、個人の名誉或いは公務上の秘密など、開示するのが相当でないと考えられる記載の含まれるおそれが大であるとされるが、本件では、裁判所の求釈明に対して、検察官からそれらの弊害についての具体的な指摘はない。さらに、これまでの審理状況に照らせば、弁護人において、訴訟遅延やあげ足取りに利用したり、宣伝用のビラや特定団体の機関誌に調書の記載をとり上げるなど、反対尋問の目的を逸脱して供述調書を使用する懸念も薄い。

五以上のとおりであつて、本件においては、主文掲記の各供述調書を、証人岸本進に対する反対尋問期日前に弁護人に閲覧させる必要性が、それに伴う弊害のおそれより優越するものと認められるので、反対尋問の準備の必要などの事情を考慮して、検察官に対し、右各供述調書を、反対尋問期日(第四回公判期日・昭和五二年一一月一一日)の七日前までに、弁護人に閲覧させるよう命ずるのが相当である。

よつて主文のとおり決定する。

(山下鉄雄 古川博 富田守勝)

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